聖書のある暮らし

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「イエスの御名によって」

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あけましておめでとうございます。庭の家チャペルの牧師伊藤満です。

今年最初は「イエスの御名によって」というテーマで、ピリピ書やその他のみ言葉からご一緒に学びましょう。

 ピリピ 2:9-11.*1

悪魔に立ち向かいなさい 

 教会の週報に書いている教会のヴィジョンの一つに「悪魔に立ち向かいなさい」というのがあります。新約聖書のエペソ、コロサイ両書などを読むと私たちが住むこの世界は「空中の権」をつかさどる者の支配化にあると書かれています。ですから信仰を戴いて人が「救われる」ということは悪魔の支配から解放されて、愛なる神のご支配の移されることを意味します。

 祝福とは

 教会の目的は、そして神の祝福に与るということは、サタンが私たち人間から盗んでいったものを、もう一度取り戻す作戦、神の御国の栄光のために取り戻すという事になります。コロナも悪魔の働きによるものです。しかし神さまは災いを益に変えることができるお方です。

 そこで今日は、どのようにして悪魔が盗んでいった祝福を取り戻せるのかという事について聖書から見ていきましょう。

至高者なるイエスの御名を用いること

 信じる人は、至高者のお名前であるイエスの御名を用いるように招かれています。イエスの御名とはどのようなものなのでしょうか。今日のテキストのピリピ書では、「すべての名にまさる名」だとあります。 そして教会はその御名を用いるようにと招かれているのです。

ヨハネ 14:13
 わたしの名によって願うことは、なんでもかなえてあげよう。父が子によって栄光をお受けになるためである。

ヨハネ 15:7
 あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。

ヨハネ 15:16
あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだのである。そして、あなたがたを立てた。それは、あなたがたが行って実をむすび、その実がいつまでも残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものはなんでも、父が与えて下さるためである。

 求めるものは何でも、とあります。文字通りです。神の栄光の為に祈るならその祈りは必ず聞かれるというのです。私たちは御名を用いて一つ一つ敵が奪っていったものを取り返す作戦を始めなければなりません。

 敵が奪っていったものとは

 旧約聖書申命記によれば敵が奪っていったのものは、①健康~病気、②命~死、③富~貧困です。※申命記28章参照

 今日悪魔どもは生きていて、人が死ぬとき、死んだ人の霊体の手足を引っ張って地獄に引きずり落とす働きをしています。それは聖書では第二の死に関連することです。また生きている間は悪魔は私たちから健康を奪っていきます。天地創造の当初、神は人に永遠のいのちと健康を与えられました。しかしアダムとイブの失楽園以来、人は当然のものであったはずの権利を悪魔に渡してしまったのです。しかしどんなに死が忌まわしくあっても、もしイエスを救い主と信じれば、その人の魂は死と同時に御使いたちの手によって瞬く間に天にまで引き上げられます。これ以上の九回裏の大逆転劇はありません。また貧困は呪いです。しかし人が信仰をもって正しく歩みだすなら、経済的にも欠乏はなくなります。

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人にはできないことも神にはできるからです

 エスは彼らを見つめて言われた、「人にはできないが、神にはできる。神はなんでもできるからである」。マルコ 10:27

ある方は気のせいだと言って笑うことでしょう。しかし先日こんなことがありました。「どうか伝道できる人に出会わせてください」と祈って出かけると近所で野良猫の世話をしているおばあさんと出会いました。少し立ち話をした後、教会のパンフレットを渡すことが出来ました。元日の朝のこと、今日は無理だろうと思っていると、その朝、職場で暇そうにして一人がいたので、すかさずエルヴィス・プレスリーの信仰談が書いてあるパンフレットを渡しました。私には祈りの答えと思えたからです。プリンターが壊れてしまいました。急ぎどうしても年賀状が10枚必要だったので祈ってみました。「神さま、どうぞ10枚だけお願いします」。するとちょうど10枚きれいに印刷できました。試しに11枚目をやるとダメでした。私はその時その場に座りなおりして何でもできる神さまをたたえて賛美しました。♪「望め奇蹟を毎日」という歌がありますが、あの歌は本当です。

聖書に書かれている約束に基づいて祈る 

先日旧約聖書詩篇に「主のまことと恵み」と書かれてあるところを見つけたのでこう祈ってみました。「神さま、あなたの恵みとまことによって答えて下さい」。私たちは否定的に物事を考えがちです。きっとダメだろうとか気のせいだとか。でも私たちにはできなくても神さまにはできないことはありません。 そして祈る人には、それが奇蹟だとわかるのです。プリンターのような小さいことから信仰を少しずつ成長させていきましょう。

マタイ 17:20
 するとイエスは言われた、「あなたがたの信仰が足りないからである。よく言い聞かせておくが、もし、からし種一粒ほどの信仰があるなら、この山にむかって『ここからあそこに移れ』と言えば、移るであろう。このように、あなたがたにできない事は、何もないであろう。

 出来ない原因、難しいと感じるのは、聖書の言葉を疑っているからです。私たちの信仰が小さいからですね。そして自分でやろうとしているからです。

しかしこの世の支配者はサタンではない

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エスを信じて、奇蹟の実を結ぶことによって、つまりイエスの御名によって祈る祈りを通して、自分の栄誉ではなく、神の御国の栄誉、主だけがただ一人の崇められるべき神であることを証明するために、私たちはイエスの御名をたたえ続け、至高のお方イエスのお名前を用いていきましょう。

 敵どもが盗んでいった祝福、もともと私たちのものであったはずの神様からの祝福の数々を取り戻す作戦を開始しましょう。わたしたちお一人一人を通して、教会を通して神のご支配する御国を拡大させていこうではありませんか。 

お祈りをします

天の神さま。

私たちに至高者なるイエスのお名前をお与下さりありがとうございます。

私個人が出来ることは小さくあります。しかしイエスの御名を用いて祈る時、天の父なる神さまは大きなことを私たちの実生活の中に現わしてくださることを感謝致します。魂の救い、異言の伴う聖霊バプテスマ、いやし、解放、必要の備え。すべての祝福をもって満たしてください。私たちに再臨の主を待ち望ませてください。

エスの御名によってお祈りいたします。アーメン。

 

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 救いのABC とても分かりやすい信仰の持ち方です。ご覧ください。

*1: 2:9それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。 2:10それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、 2:11また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。