聖書のある暮らし

聖書のある毎日のおすすめです

「聖霊さまの言語を理解する」

今回は聖霊さまの言語を理解するために」というタイトルでみ言葉を学びましょう。

その昔すこしだけ韓国語を勉強したことがあります。

ハングルの読み書きや、少しの単語や数字を覚えたりしたのですが、今ではすっかり忘れてしまいました。勉強しなくなったからです。

使徒13:1-4.*1

なぜ一千万救霊が実現しなかったのか

人間関係も同じですね。

努めて関係を持とうと努力しないと、あの人はいったい何を考えているんだろうとなってしまいますね。

かつて日本には一千万人救霊というビジョンがありました。

それは20世紀が終わるまでに、日本の人口のまず10%にあたる一千万人がクリスチャンになるというキリスト教の運動です。

ペンテコステ派福音派を問わず、そういった運動がありました。

しかし、それは実現しませんでした。

その原因は、日本人クリスチャンである私たちが、聖霊さまのおことばを理解することが出来なかったからではないかと思います。

聖霊さまの言語を理解するには、聖霊様と交わることによってのみ理解が可能です。そして、聖霊様との交わりとは祈りです。

祈りによって聖霊さまと時間を過ごすことで、次第に聖霊様の語られていることが聞き取れるようになっていくからです。

私は最近、主のご再臨が遅れている原因がこの日本にあるのではないだろうかとさえ、考えることがあります。

神様は地獄に落ちる人の数よりも天国に入る人の数が多くなることを願っておられるのですから。

この御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。マタイ24:14

最後の魂が主を受け入れるか否かの明確な意思表示をしたときに、携挙が起こるのですね。

もちろん、携挙は突然のことですから、まだまだ先だ~とは言えませんが。

今日開いた使徒13章では、弟子たちが主の語られる言葉を理解したことが書かれています。

「彼らが主を礼拝し、断食をしていると、」。

ある方の本に、祈りの太刀、賛美の小刀とありました。

祈りと賛美は相互に作用しあうものです。賛美は祈りにメロディーをつけたものですから。

アンテオケの兄姉たちは主を礼拝した、とあります。

そして断食をしたようですが、断食祈祷をされたことのある方は、分かると思いますが、この断食を伴う祈りにはほんとうに力があります。

そして、彼らは聞いたのです。

「わたしが召した任務につかせなさい」と。

これは聖霊の仕事をさせなさいという意味です。

聖霊さまのお仕事とは、救霊、世界宣教なので、この仕事をするには聖霊さまの語り掛けを聞き分けないと、始まらないんですね。

しかもそれは冒険を伴う仕事でしたが、彼らは一歩踏み出して、実行し始めました。ワクワクでした。

ですから、私たちも祈って聖霊様と交れば、必ず、私たちも聖霊さまの語り掛けその言語を聞き分けることが出来る様になります。アーメン!

先日祈っていると、教会の兄姉たちが、これから主のお働きのために用いられていく。そんな聖霊さまのお導きを戴きました。また、そんなことが二週続けてあったので、これは主の御心と確信いたします。ハレルヤ☀

よく昔、「羊が羊を生む」と言う言い回しがありましが、まさにそのことです。

聖霊さまは、聖徒たちが用いられるように祈りなさい、と言われるのです。

わたしは、これからそのためにどうやって行けばいいのか全く分からないのですが、主からのビジョンであれば、みこころであれば、それをビジョンとして受け止めて実現するように祈り努めていきたいと思います。教会を導き、魂を導き教会を建て上げていくのは先生の働きだから先生のために祈りますというのは、御心ではないんですね。

訪問したり、電話したり、魂を救いに導く務めは、羊たちの仕事なのです。

そして牧者は羊たちがそのことをよりよくできるように祈り励ますのが仕事なのです。だから逆なんですね。

エペソ4章12節に、「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げる」とあります。

これを英語でミニストリーといいます。

それはギリシャ語では、人々の中にあって彼らの信仰を建て上げる務めという意味です。「聖徒たちを整える」とは、ギリシャ語で「完全なものとする」、「装備させる」という意味です。

つまり伝道と牧会は信徒たちの手に委ねられているのです。

先日のペンテコステ礼拝の時にも、ありましたね。

姉妹たちが預言を語り、御声を聞いて遣わされていくようになると。

それはかつて伊藤弘子牧師先生の上にあった油注ぎです。それが今度は姉妹たちの上にやってくるのだと!賜物と油注ぎの分与ですね。

なぜ一千万人救霊が起こらなかったのか?

先ほども触れたように、その原因は、日本の教会が祈らなかったので、聖霊様の語り掛けを受け止めることが出来なかったからだと思います。

それは自動的に実現するのではなく、日本人クリスチャンのおひとりひとりが、ビジョンを自分のものとして受け止めるか否かにかかっていたからです。

アンテオケの教会が祈りと断食をもって主を礼拝していなかったら、聖霊の語り掛けとプランを聞き逃していたことでしょう。

もし勇気を出して、そのプランを実行していなかったら、歴史は大きく変わっていたことでしょう。福音はその後ヨーロッパに伝わらなかったことでしょう。

まさに歴史の分かれ目でした。

「祈りの太刀に賛美の小刀」

アメリカの教会は賛美の教会で、韓国は祈りの教会。

そして日本は、というと、日本はみことばの教会だと言われてきました。

でも一千万人の救霊のビジョンという聖霊さまの語り掛けを理解することができませんでした。賛美はあっても、みことばはあっても、私たち日本の教会は祈らなかったんですね。だからリバイバルされなかったんですね。

先日、趙先生の本を読んでいると師が嘆いているくだりがありました。

聖会があって、世界中の先生たちが集まって素晴らしい時が持たれるのですが、終わった後、彼らはレストランに行って何時間も時間をかけて交わる..もちろん交わりは全然悪くないのですが、趙師たちは、その後、祈るために退くのを常としていたようです。

聖霊さまの語り掛けを聞きましょう

私たちがアブラハムのようにビジョンを受けるためには、聖霊さまの言語を聞いて理解することがとても大切です。

信仰の父アブラハムも聴いて、見て、理解して従いました。

またアンテオケの兄姉らも聞いて従ったように、聖徒である私たちも、整えられて、人々の中にあってその信仰が建て上げられていくように、誰かを励ましたり、祈ったり、救霊の務めだったり、そういったことが聖書的なことだとするなら、どうでしょう。

今日から、そんな聖霊さまのお仕事が、実現している様子を、私たちの思いの中で実現する様子を描いて祈ってみては。

アンテオケの兄姉らは、二千年前、それをしました。

そして今度は、私たちがそうする番ですね

祈るとき、その活躍の様子を思い描いて、告白することで、神様の御前に期待と信仰のからの器を備えるのです。

主がどうぞ、この空の器を満たしてください。

祈りが続かない原因と対策

そのための助けとなるみ言葉が、イザヤ書にあることに気づきました。

イザヤ58章*2

なぜもっと祈りたいのに祈れない。

もっと恵まれた献身的な信仰生活をしたいのに、また元に戻ってしまう。

エス様は、弟子たちに「一時間でも目を覚まして祈っていられなかったのですか?」と言われました。

そして、その原因がここに書かれてあります。

4節、あなた方の断食は、つまり祈りは自分のためだというのです。

祈りたいのに祈れないのは、信徒だけではなく牧師たちの悩みでもあるようです。

そして、ここにその答えがあります。

その原因は、主のために自分の人生を明け渡していない、捧げていないからだというのです。

しかし6節からはずうっと、私の好む断食はこうでないか~と続きます。

これは、アンテオケの教会で起きたこと、牧会と救霊ですね。

また12節リバイバルです。破れた町が回復するというのです!           

どうか夢・幻を持ちましょう。

今年私を通して魂が救いに導かれますと!

私には今、区域会の再開のビジョンがあります。それは実現します。

アンテオケ教会の兄姉らは祈りと断食、礼拝をしているうちに天からのビジョンを掴みました。

私たちも祈って、断食も辞さない。断食は一食、二食だけでも非常に効果があります。

肉の力が弱くなって、すると不思議なことに霊が活性化しはじめますから、効果的に祈れますよ。

どうぞお休みの日だとか、明日は休日とかの時を利用してやってみてください。

そして、そのようにして兄姉たちのすばらしい、お証を聞かせて下さい。

教会とは家の教会のことでしたね。

兄姉たちの家が、区域が前進していくことでしたね。

どうぞ、そのために献身しましょう。

14節に注目です。

そのとき、あなたは主をあなたの喜びとしよう。「わたしはあなたに地の高い所を踏み行かせ、あなたの父ヤコブのゆずりの地であなたを養う。」と主の御口が語られたからである

 

 

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 救いのABC とても分かりやすい信仰の持ち方です。ご覧ください。

 

 

*1:

13:1さて、アンテオケにある教会には、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、およびサウロなどの預言者や教師がいた。 13:2一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が「さあ、バルナバとサウロとを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい」と告げた。 13:3そこで一同は、断食と祈とをして、手をふたりの上においた後、出発させた。
13:4ふたりは聖霊に送り出されて、セルキヤにくだり、そこから舟でクプロに渡った。

*2:

58:1「大いに呼ばわって声を惜しむな。
あなたの声をラッパのようにあげ、
わが民にそのとがを告げ、
ヤコブの家にその罪を告げ示せ。
58:2彼らは日々わたしを尋ね求め、
義を行い、神のおきてを捨てない国民のように、
わが道を知ることを喜ぶ。
彼らは正しいさばきをわたしに求め、
神に近づくことを喜ぶ。
58:3彼らは言う、
『われわれが断食したのに、
なぜ、ごらんにならないのか。
われわれがおのれを苦しめたのに、
なぜ、ごぞんじないのか』と。
見よ、あなたがたの断食の日には、
おのが楽しみを求め、
その働き人をことごとくしえたげる。
58:4見よ、あなたがたの断食するのは、
ただ争いと、いさかいのため、
また悪のこぶしをもって人を打つためだ。
きょう、あなたがたのなす断食は、
その声を上に聞えさせるものではない。
58:5このようなものは、わたしの選ぶ断食であろうか。
人がおのれを苦しめる日であろうか。
そのこうべを葦のように伏せ、
荒布と灰とをその下に敷くことであろうか。
あなたは、これを断食ととなえ、
主に受けいれられる日と、となえるであろうか。
58:6わたしが選ぶところの断食は、
悪のなわをほどき、くびきのひもを解き、
しえたげられる者を放ち去らせ、
すべてのくびきを折るなどの事ではないか。
58:7また飢えた者に、あなたのパンを分け与え、
さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、
裸の者を見て、これを着せ、
自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。
58:8そうすれば、あなたの光が暁のようにあらわれ出て、
あなたは、すみやかにいやされ、
あなたの義はあなたの前に行き、
主の栄光はあなたのしんがりとなる。
58:9また、あなたが呼ぶとき、主は答えられ、
あなたが叫ぶとき、
『わたしはここにおる』と言われる。
もし、あなたの中からくびきを除き、
指をさすこと、悪い事を語ることを除き、
58:10飢えた者にあなたのパンを施し、
苦しむ者の願いを満ち足らせるならば、
あなたの光は暗きに輝き、
あなたのやみは真昼のようになる。
58:11主は常にあなたを導き、
良き物をもってあなたの願いを満ち足らせ、
あなたの骨を強くされる。
あなたは潤った園のように、
水の絶えない泉のようになる。
58:12あなたの子らは久しく荒れすたれたる所を興し、
あなたは代々やぶれた基を立て、
人はあなたを『破れを繕う者』と呼び、
『市街を繕って住むべき所となす者』と
呼ぶようになる。
58:13もし安息日にあなたの足をとどめ、
わが聖日にあなたの楽しみをなさず、
安息日を喜びの日と呼び、
主の聖日を尊ぶべき日ととなえ、
これを尊んで、おのが道を行わず、
おのが楽しみを求めず、
むなしい言葉を語らないならば、
58:14その時あなたは主によって喜びを得、
わたしは、あなたに地の高い所を乗り通らせ、
あなたの先祖ヤコブの嗣業をもって、
あなたを養う」。
これは主の口から語られたものである。